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大阪家庭裁判所 平成元年(家)1689号 審判 1989年7月13日

申立人 木村由紀子

主文

本件申立を却下する。

理由

1  申立人は「申立人の氏『木村』を『金田』に変更することを許可する。」旨の審判を求め、申立の実情として、次のとおり述べた。

(1)  申立人は、昭和63年9月20日金田明博こと金明博と婚姻し、平成元年3月26日長男博之が出生した。

(2)  金田明博こと金明博は韓国籍であるため、申立人の氏は「木村」のままであつたところ、前記のとおり長男が出生し、同人は申立人である母の籍に入り、木村の氏を称している。

(3)  しかし、同人が今後成長して就学する際に父の氏と異なること、また父母の氏が異なることから、何かと不都合が生じるためこの際母子ともに父の通称名の氏(以下通氏という)である「金田」に変更されたく本申立をした次第である。

2  申立人の戸籍謄本、金明博の外国人登録済証明書および申立人審問の結果によれば、上記(1)、(2)の事実、および申立人の夫金明博は日本における通氏として「金田」の氏を使用しており、申立人と長男博之も婚姻以来、社会生活上夫の通氏である金田を称している事実が認められる。

3  そうすると、申立人の本件申立は、申立人の氏を、夫の外国人としての法的な正式呼称の氏(姓)に合致させようというのではなく、夫が日本において使用している通氏に過ぎないものに変更したいというものである(従つてそれは夫の氏でもなく妻の氏でもない氏を創設することになる)から、これをもつて戸籍法107条1項の「やむを得ない事由」があると解することは到底できないというほかはない。また、本件全記録に照らしても、その他に申立人がその氏を「木村」から「金田」に変更するやむを得ない事由があることを窺うに足るものもない。

よつて、本件申立は理由がないのでこれを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 西岡宜兄)

〔参考〕抗告審(大阪高 平元(ラ)370号 平元.10.13決定)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

1 本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

2 当裁判所も、抗告人の許可申立にかかる氏の変更については、戸籍法107条1項の「やむを得ない事由」があると認めることはできないものと判断する。その理由は、原審判書2枚目7行目の「から、これをもって」を「ところ、在日韓国人の妻となった申立人が永年にわたって夫の通氏を称して社会生活を営み、そのようにして形成された社会生活関係が今後も永続する蓋然性が高く、かつ、その氏を夫の通氏へ変更しなければ社会生活上重大な支障を生じる等特別の事情の認められない本件においては、その許可申立にかかる氏の変更について」と改めるほかは、原審判の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

その他一件記録を精査しても、原審判を取り消すに足りる違法な点は見当たらない。

3 よって、原審判は相当であって本件即時抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

別紙

抗告の趣旨

1 原審判を取消す。

2 抗告人の氏「木村」を「金田」に変更することを許可する。

との裁判を求める。

抗告の実情

1 抗告人は、昭和63年9月20日金田明博こと金明博(1967年11月29日生)と婚姻し、平成元年3月26日長男博之が出産した。

2 金田明博こと金明博は韓国籍であるため、申立人の氏は「木村」のままであったところ、前記の通り長男が出生し、同人は申立人である母の籍に入った。

3 申立人の夫金明博は「金田」の氏を日本における通氏として出生来使用し、現在、通氏で事業を営んでいる。

抗告人も金明博と婚姻後は、夫の通氏である「金田」を称し、社会生活を営んでいる。

4 申立人は、今後も夫と婚姻生活を続ける限り、社会生活上夫の通氏である「金田」を称して行くことになるが、戸籍上、「木村」の氏のままでは今後子供が成長して就学する際に父の氏と異なること、また、父母の氏が異なることから何かと不都合が生じることが予想される。

5 ところで、戸籍法107条1項「やむを得ない事由」とは、氏を変更する必要があって、それにより社会が混乱することのないような場合、又は、氏自体の不当性等により、これを変更することが社会的に容認される場合、等をいうと解され、具体的に前者に該当する場合として永年使用し、社会的に定着した通氏の場合が承認されている。

本件において、抗告人自身は「金田」の通氏を永年使用してきたわけではないが、現在まで抗告人の夫が長期間にわたり「金田」の通氏を称し、社会生活上これが定着していること、抗告人自身も今後永続的に「金田」の氏を称して行く蓋然性が強いこと、を考え合わせれば現時点でも既に抗告人自身が「金田」の通氏を永年使用してきていることと同視しうると言うべきである。

6 このような考え方にとって参考となるのが、戸籍法107条2項である。これによれば、日本人配偶者がその呼称上の氏を外国人配偶者のものと同一にしたいと欲するときは、婚姻の日から6ヵ月以内であれば、家庭裁判所の許可を得るまでもなく、その旨の届出のみで氏の変更ができる。その趣旨は、夫婦・家族の社会生活の便宜のために、婚姻後の夫婦別氏の不便を呼称上の氏の問題で解消し、日本人配偶者の氏の呼称が外国人配偶者のそれと同一となるように呼称上の氏の変更を容易にしたものと解される。

この規定による変更先の氏は、外国人の本来の正規な氏に限られているが、それは本来の氏がその者を表わすものとして使用され、社会に定着しているのが通常であることによるものと解される。しかし、もともとこの規定が外国人と婚姻した人に社会生活の便宜のためにその外国人の氏を称することを認めようとする趣旨であることからすれば、その外国人の氏が本来の正規な氏であっても、通称であっても、それが社会的に定着しているものであるなら区別する理由は乏しく、社会的な弊害がない限り、外国人配偶者の通氏への変更を認めることは、この規定の趣旨に沿うことではあっても、反することにはならないというべきである。

7 本件において、金明博は出生来「金田」の氏を継続使用しているばかりか、「金田」の通氏は金明博の祖父の代から継続して使用してきたものである。又、その父は「株式会社金田工務店」の商号で土木工事業を営んでおり、「金田」の通氏は金明博の家族を示す唯一の呼称であると言える。もちろん、「金田」の通氏は特定の場合や人に対してのみ使用しているものではなく、社会生活のあらゆる面で使用しているものである。

従って、本件において「金田」の通氏の社会的定着性は相当強度であると言える。

8 原審判は、抗告人がその氏を夫の通氏に過ぎないものに変更することは、夫の氏でもなく妻の氏でもない氏を創設することになるとの理由で申立を却下したが、抗告人の氏を夫の通称としての氏「金田」に変更することによる抗告人及びその子の利益は極めて大きく、これに対して変更による社会的影響はさほどないことを考慮すれば、夫の氏でも妻の氏でもない氏を創設することになるような氏の変更も許される場合があるというべきである(札幌家庭裁判所昭和60年5月11日審判家裁月報37巻12号46頁、家裁月報39巻7号125頁以下の荒川英明判事補の見解)。

9 以上のとおりであるから、本件申立には戸籍法107条1項の「やむを得ない事由」があるというべきであり、原審判が申立を却下したことは不当である。よって、抗告の趣旨のとおりの裁判を求めるため本件抗告に及んだ次第である。

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